研究内容
心不全、急性肺傷害、悪性腫瘍の疾患のモデル動物・細胞の解析を中心として、シグナル伝達とRNA制御のシステム連関の分子機構を解明します。
循環機能制御におけるRNA代謝制御機構の解明と治療応用
RNAが生命の起源であるという説があります。ただ、DNA→RNA→タンパク質の流れでDNAの遺伝情報を元にタンパク質が合成され、RNAは単に遺伝情報を媒介するだけではないかと見られていました。近年、RNAが遺伝子発現の新たな制御階層であることが分かってきました。私達は、転写やエピゲノムなどでは説明できない生命や疾患の原理を、RNAの合成・分解・翻訳の制御機構の観点から解明していきます。CCR4-NOT複合体はRNAのpoly(A)鎖を分解する実行因子として機能します。これまでに私達は心臓の機能維持を指標としたRNAiスクリーニングでCCR4-NOT複合体を心機能維持に不可欠な因子として見出しました(Cell 2010)。そして、poly(A)分解作用が心臓の機能維持に重要でオートファジー分子の転写制御にも関与することを解明しました(Science Signaling 2018)。これらの研究の中でCCR4-NOT複合体はRNA分解因子であると同時に、転写や翻訳の調節にも影響を及ぼすことが明らかになってきましたがその詳細は不明です。また、エネルギーの代謝や核内の恒常性維持にも関わっていることが分かってきました。私達の研究室では、CCR4-NOT複合体内の各サブユニットの遺伝子改変マウスの解析を通じて、RNA分解と転写・翻訳がどうやってお互いに影響を及ぼして心臓の遺伝子の発現調節や生理機能の調節に関わっているかを明らかにしていきます。
COVID-19や高病原性インフルエンザによる肺炎の重症化・後遺症発症の病態解明
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、無症状、軽度の感冒様の症状からICUでの加療を要する重症例に至るまで幅が広く、軽症、中等症といわれる患者でも自覚症状は重く、突然死のリスクもあります。さらに回復後に続く全身倦怠感や嗅覚味覚の異常などのコロナ後遺症も大きな問題となっています。これらの問題を解決するために感染モデル動物を用いた詳細な病態解析など他の研究アプローチが重症化や後遺症発症の分子機構の解明に不可欠です。アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)受容体としてよく知られています。私達は、ACE2が2003年のSARSコロナウイルスの受容体であることを証明し、アンジオテンシンIIを分解する酵素活性により急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の炎症の増悪を抑制することを明らかにしました (Nature 2005, Nat Med. 2005)。その後、私達は微生物由来のACE2様酵素B38-CAPを発見し (Nat Commun 2020)、これによりACE2の酵素活性がSARS-CoV-2によるARDS増悪化を抑えるのに重要であることを証明しました(Nat Commun 2021)。現在、ウイルスが急速に変異をきたす中で感染宿主側の因子の解明の重症性が示されつつあります。私達の研究室ではSARS-CoV-2感染重症化モデルを用いた詳細な分子病態の解析により、SARS-CoV-2の神経血管浸潤による重症化、突然死ならびに後遺症発症のメカニズムを解明し、Withコロナにおける迅速な治療薬開発のためのプラットフォームを構築することを研究目標としています。
腫瘍免疫の不均一性と癌細胞の浸潤・転移能獲得の分子機構
食道扁平上皮癌は予後不良の悪性腫瘍であり、術前の放射線治療や化学療法で原発腫瘍のがん細胞の多くが死滅し、根治手術を行ったにも関わらず、転移により再発するケースが問題となっています。原発腫瘍の組織は病態の進行に伴い複雑な不均一性を示し、特異的ながん微小環境が浸潤・転移には重要であることが知られています。私達の研究室では、これまでにマウス扁平上皮癌細胞の転移モデルの原発腫瘍組織における空間的トランスクリプトーム解析を行うことによって、転移促進因子としてGalectin-7を見出しました。Galectin-7は原発腫瘍の大きさには影響せず、転移を特異的に促進する因子であることが分かりました(Oncogene 2022)。Galectin-7はin vivoがん微小環境においてダメージ関連分子パターン(DAMPs)としてがん細胞から放出されることが考えられ、術前の放射線や化学療法によるがん細胞の細胞死・ダメージによってGalectin-7が分泌され、わずかに生き残っている癌細胞の転移を逆に活発化させることが考えられます。現在、Galectin-7による腫瘍免疫の制御機構の分子メカニズムを解析すると同時に、がん転移に対する新たな予測・治療への応用の可能性を検討しています。